1)エネルギーの定義
この「重力のからくり」という新書本を読んでいたのですが、三分の2ほど(ほとんどとも言う)すっ飛ばし読み。意味わからない。
無謀と思いつつこの本に手を出したのは、この本の中で「エネルギーとは何か」という章があったからです。
いつだったか、「E=mc2」という式を、アインシュタインおじさんから教えてもらいました。大学時代、物理で赤点とった私に。
この数式を日本語の口語体に訳すと、
「エネルギーは質量に光の速度の二乗をかけたものと等しい」
いい方を変えると
「重さとスピードをかけると力になる」です。
エレベーターが上下に動き始めると体重が重く感じたり軽く感じたりして、上や下に動いていることを判断します。
そしてこれは、加速度がついているとき(=力が加わっているとき)だけであり、スピードが一定になってしまうとまたわからなくなってしまいます。
そんなところから「力と質量は同じ類のもの」という発想になったらしいです。
2)エネルギーをあらためて
そもそも「エネルギー」とは、
目に見えない空気みたいなものです。
一方「質量」とは、
物質のイメージで、平たく言うと「モノ」です。
「現実にないものと、あるもの」が「=」でくくられるのが、不思議なのです。
そんな答えが見つかると思ってこの本を手に取ったのですが、徒労。
「エネルギーとは、目に見えなくて、物質に変化をもたらすもの」と差しさわりのない答えでさらっと流されてしまいました。
その先は、
「一見何もない宇宙空間にもエネルギーは充満していて、ちょっときっかけでエネルギーから物質ができ、そしてこんなところから宇宙は始まったのです」と話は進んでいってしまいました。(たぶん誤訳)
3)だから、エネルギーって
知りたかったのはその逆の方向で、この世がすべてエネルギーになってしまったらどうなるのかというほうが気になります。
この世にある自動車もビルも人間も動物も植物も、すべてエネルギーというものに変換できるらしい。そうなったら、この世はどうなってしまうのか。誰得?
もしこの世の中がすべてエネルギーにまとめられるとするならば、まさにネット上に繰り広げられている仮想空間、メタバースの世界。みなその気になってあの仮想世界を歩き回っていますが、冷めた傍観者から見れば、すべて電気の虚空な世界です。
もしかしたらこの世も、神様がスイッチを切れば、すべて一律のエネルギーとして保管されてしまう、そんな世界なのでしょか?
おそらく決定的な事柄で、何かわかっていないことがひとつあるのでしょう。
疫病や落雷を考えていた平安時代の最高知能に、今は小学生でも説明できることがあります。
1000年後の小学生は、現代の学者に何を教えてくれるのでしょうか。
後編につづく